水産業の発展と歩みを一にするように、技術の進化を遂げてきたのが舶用機器である。
大間のマグロ一本釣り漁においても同様で、技術の進化を巧みに取り入れることによって、伝統漁法に新たな可能性と活力をもたらしてきた。
「古い話だけど、動力船の普及なんかもそうだろうね。わしらの若い頃はまだ手漕ぎ船が主流でね。ここの漁場は潮の流れがきついだろ。だから漁をするにも皆往生したもんだ。漁獲量も、今と比べものにならないくらい少なかったね。それが動力船の普及で状況が一変した。技術の進化ってものは、こんなふうに劇的に状況を変化させるものなんだ」
そう話すのは、漁師になった10代の頃から、マグロ一本釣り漁の変遷を見続けてきた渡辺良吉さん(68歳)だ。その渡辺さんが、現在大間にもたらされている新たな変化についても語る。
「ソナーの普及だね。これが動力船に匹敵するほどの変化を、マグロ漁に与えているよ」
ソナーはここ3~4年の間に急速に普及した。現地関係者によれば、元々イカ釣り漁にために導入されていたが、マグロの魚群探索にも有効であったことから、急速に普及が進んだという。ソナーの登場によって、これまで経験と勘に頼ってきた魚群探索が、科学的な裏づけのもとで行われるようになったのだ。現在では大間のマグロ漁船の半分以上がソナーを搭載しており、マーケットは依然、拡大基調にある。ソナーの普及はまた、従来の漁法自体にも大きな変化をもたらした。最も変わったのは「位置取り」だと渡辺さんは話す。「位置取り」とは、マグロが餌に喰いつきいやすい投餌ポイントを確保すること。そのポイントとは、魚群進路方向の前方数百メートル地点を指す。この場所を確保するため、熾烈な位置取り合戦が繰り広げられる。
「ソナーが無かった頃は、魚群を見つけた順に魚群前方に移動を繰り返して漁を行い、狭い漁場で秩序を保ちながら漁をやっていた。だけどソナーの登場で魚群探索が容易になったから、魚群に先を競って群がるようになった。なかには強引な割り込みをやるヤツもいるんだ」
そう苦言を呈する渡辺さんだが、といってソナーを悪者にする気持ちは毛頭ない。
「優れた機器であればあるほど、使い方次第で薬にも毒にもなる。自動車や他のものだってそうだろ。要は使い手のモラル。漁師自身の秩序と節度の問題じゃないのかな」。
渡辺さんが所有する約4トンのFRP漁船「開宝丸」にソナーを装備したのは2年前のこと。購入したのは古野電気の高精度PPIソナー「CH-26」である。小型船舶に適したコンパクトタイプの高速旋回水中レーダーで、旋回スピードアップにより魚群探索に優れた威力を発揮する。搭載して初めての年は、100キロクラスのマグロがわずかに5本と振るわなかった。
「どうしても漁場の船団のなかに入っていけなくてね。ソナーの操作がまだ不慣れだったし、まあ自分の歳を考えると、今さら無理したくないなと思う気持ちもあったからかな」と当時を振り返る。
「でも、それだとソナーを買った意味がない訳で…。それで2年目の昨年は奮起して船団の中へ入っていったんだ」
ただし、目に余る割り込みを犯すものには、毅然とした態度で臨んだ。
「怒鳴りつけることもあったよ。漁の邪魔をされて腹が立つという気持ちより、お互い命を掛けて漁場にいる訳だから、己を律して漁に励んでほしい、同じ漁師としてのそういう気持ちが強かったね」と苦笑いする。結果は12本。前年の倍以上の成果だった。
「二桁の大台に乗ったのは何年ぶりだろう。ずいぶん前のような気がするなあ」
そう満足そうな笑顔をみせながら、「漁業は生き物だよ。時代や環境によってどんどん変化するんだ。俺も歳が歳だからついていくのは大変だけど、それをやり遂げた時の喜びは、なにものにも換え難いもんだよ」と語った。
渡辺さんは漁に出る時、必ず行う自分だけの儀式がある。スカーフを頭にほっかむりすることだ。スカーフは生前、いっしょにマグロ漁に出ていた妻の形見である。妻がなくなって10年、漁に出る時は、お守り代わりとして身につけている。亡くなった妻は優れた水先案内人で、マグロが通る魚道や岩礁のある場所や、今日の餌は何にすべきか、イカかトビウオか、それともサバかといった餌の選定まで良く助言してくれた。不漁の時はともに泣き、好漁の時はともに喜んだ。
渡辺さんにとってソナーが今、その亡き妻に代わる「船上の良き伴侶」となっている。
日刊水産経済新聞 2006年5月31日掲載
SONAR Technology for Fishermen
大間では最年長、68歳。決死の覚悟で2年前にソナーを導入。しかしながら、「昨シーズンは、操船や仕掛けの投入で精一杯で、ソナー操作なんて使えなかった。」と渡辺氏。しかしながら、今シーズンは、ソナーの活用法を見いだし、他の船団とは異なる漁場でマグロを狙うなどソナーの能力をフルに活用。ソナーがなかった3年前と比べ、漁獲量を2倍にアップさせた。
渡辺氏が見いだしたのは、「あえてソナー操作をしないこと」だった。つまり、自分の経験から、最適角度にティルト(ビーム角)を合わせ、最大レンジも最適値に限定。さらに高速魚であるマグロの反応を逃さないために、前方180度探知に限定した探索を行っている。一本釣り漁師としては高齢であることと、一人での操業ということを考えればこれが最適の方法。渡辺氏の最適値は、最大レンジ150m、ティルト20度。ただ、一つだけソナーを操作するシーンがある。それは、マグロの反応を見つけ、左舷後方へ誘導する際に、表示範囲を後方探知に変えること。 表示範囲の操作は、ツマミを回すだけのごく簡単な感覚操作。渡辺氏は、PPIソナーの特徴を生かした、使いこなし術を身につけている。