過酷であるばかりではなく、常に危険と隣り合わせのマグロ一本釣り漁―。そんな大間の漁師のなかに、妻が夫とともに漁に出る夫婦船がある。
熊谷洋三さん(59歳)と妻の文子さん(62歳)夫婦。約4トンのFRP船「龍昇丸」を操り、夫婦でマグロ漁をはじめてもう10年になる。大間には多くの漁師がいるが、夫婦で漁を行うものは他にいない。奥さんが漁船に乗るきっかけとなったのは、2人の息子たちの子育てが一段落し、夫の漁を手伝うようになってからだという。
「漁に出るのも初めてだし、初めは何をしていいのかも分からなかった。早く漁が終わって陸に上がりたい、考えていたのはただそれだけ…」と奥さんは、その当時を振り返る。
そのうち、ある装置に関心を抱く。
「それがソナーでね。見方も操作も分からないのに、これで目に見えない海の中のマグロがみえるのかと、そう思うと面白くて…。それで興味本位にいじったりしていたら、夫がある日『お前、今日からソナーやれ』と。だから今でも見方は自己流ですよ」と笑う。冬場、マグロ漁の最盛期を迎えると、20時間以上休みなく漁を行う事がある。その時も、ただひたすらソナーを見続ける。そうした経験から多くの事を学んだ。今では魚群はもちろん個々の魚体までマグロかどうかの判別がつくし、マグロの通る魚道や、海底の地形などにも詳しくなった。
漁場の水深は約15~100mほどしかなく、400~500mの水深を好んで泳ぐマグロにとっては浅いと感じる深さである。それでもマグロは、良質の餌を求めてこの海域にやってくるのだが、水深が浅いためマグロが底付きの状態で移動する事が多くみられるという。そこでソナーで海底を捉えることで底付きのマグロを探索する方法を取り入れた。これも奥さんの発案から生まれたものだ。使用するソナーは、古野電気の15型高精度カラーセクタースキャニングソナー「CH-37」で4年前に購入。15型の高精度カラーブラウン管仕様機種で、「断面併記」をはじめとした各種モードを採用、中層魚群は勿論、底付魚群の探知にも威力を発揮する。
しかし搭載はしたものの、夫の洋三さんは2年間ソナーを一切使わなかったという。「大間の漁師としての意地っていうか…。この大間で命張ってマグロ漁やってるモンが、機械なんかに頼ってマグロ獲れるかって―、最初は抵抗はあったよ、実際…」
これには奥さんが真っ向から異を唱える。
「だから男はダメなんだ。今はみんなソナーでマグロを獲って生活の糧としている。漁のあり方も時代とともに変わるもんでしょ。昔のやり方がどうのうこうのっていってたら、私ら生活できなくなるよ」
ソナーを本格的に使いはじめたのは2年前。今では2人にとって、明晰な判断と結果を導き出してくれる欠かせない存在となった。2人の漁獲量がそれを裏付ける。年間の平均漁獲数は100キロクラスのマグロを約30本。これまでの最高漁獲数は50本という。大間でトップクラスの漁獲量だ。
2人は近い将来、瞬時に全周を探知できる全周型スキャニングソナーを導入したいと考えている。
「とても高額だけど、その効果が絶大。いつか必ず手に入れたい」と、文子さんは想いを馳せる。その一方で洋三さんは「漁業のハイテク化で水産資源が無尽蔵に食い尽くされることだけは避けなければ。将来にわたってこの先の世代へ大間のマグロ漁を継承していくためにも」と将来への懸念を口にした。そして「ソナーはそのための資源管理にも使っていくべき。それを我々漁師が率先してやらないと…」と今後の課題を指摘した。
夫婦には2人の息子がいるが、いずれも漁業とは異なる職業についている。後継者をほしいと思うこともあるが、奥さんは「こればっかりは本人しだいだから。それと漁師の厳しさは私もよく分かっているからね」と呟いた。
結婚して37年。マグロ漁一筋の夫とそれを支える妻。同じ漁船に乗り命を張って歩んできた人生だ。
「家でも仕事場でもずっと主人といっしょだから、主人の身体のことだって医者よりも分かる。ある時主人の顔色が悪いから病院に連れていったら、私が言った病気とピタッと当たったの!。なんで見えないのに分かったんだろう。…あれっ?、私ってまるでソナーみたいだね!」
奥さんはそう言って屈託の無い笑顔をみせた。
もうすぐ初夏を迎える。恐れるものはなく、大海原を万里駆け巡ってきたマグロたちが、海の覇者のごとき威厳をそなえ、今年も津軽海峡に姿を現す。過酷なマグロ漁に挑む大間の夫婦船の季節が、まもなく到来する。
日刊水産経済新聞 2006年6月1日掲載
SONAR Technology for Fishermen
マグロの年間最高漁獲数50本という、驚異的な水揚げを誇り、大間ではトップクラスに位置づけられる熊谷夫妻。夫洋三氏と、文子夫人との二人三脚でマグロを狙う夫婦船。文子夫人がソナーを操り、好ポイントへと誘導する。
(写真A)は、まさにマグロの反応をとらえた時の映像。左舷前方320度あたりに、筋状の反応が重なり、しかも反応の強さを現す赤色が混じったエコーが現れだした。洋三氏は、その反応を左舷後方に誘導すべく操船。そして、その反応が、左舷後方200度付近に達した時(写真B)すかさず仕掛けを投入した。動きの早いマグロをはじめとした高速魚では、その操船テクニックと、仕掛け投入の絶妙なタイミングが勝敗を分けることになる。
熊谷氏のソナーは、カラーセクタースキャニングソナー CH-37。45度ステップ表示で、PPIソナーに比べて4~7倍の早さで探知できる。将来的には、全周360度を瞬時に探索できる、スキャニングソナーを導入したいと文子夫人。