コラム
ひとりぼっちの旅
~3リットルの超小型衛星。そのミッションを見守るGPS(GNSS)と衛星通信~

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世界最高齢83歳での単独・無寄港の太平洋横断航海を成功させた堀江謙一さん。太平洋ひとりぼっちの航海を誰もが見守ることができたのは、どこででも使えるGPSと、どこからでも使える衛星通信回線があったからでした。同様にGPS+衛星通信というインフラを利用し「宇宙からのひとりぼっちの旅を見守る」というミッションがあったのをご存知でしょうか?超小型人工衛星による実験の事例をご紹介しましょう。

コラム:ひとりぼっちの旅~堀江謙一さんの太平洋横断を見守るGPSトラッキングシステム~

10cm角が基本サイズの超小型人工衛星

炭酸ガスカートリッジを使って直径約80cmの帆を展開し、空気抵抗で減速する(出典:東大・日大・JAXAによる報道発表資料より、2021年6月21日)

日本国内で流通する1リットルの牛乳パックは底辺が7 x 7cm、高さ23.5cmと決まっています。これと同じ容積の1辺10cmの立方体に、必要なすべての機能を詰め込んだ超小型の人工衛星「キューブサット」が、1990年代に米国の大学で教育実験用の衛星キットとして考案されました。基本サイズである1Uや、その整数倍となる2U、3U、6Uなどの衛星は、これまでに200機以上、宇宙空間に送り出されています。

コストをはじめさまざまな面で、大型衛星に比べ実現に向けたハードルの低いキューブサットは、大型衛星にはリスクの大きすぎるミッションにも挑戦することができます。そのような超小型衛星の一例が、2017年に軌道上実験を行った東京大、日本大、JAXAによる3Uサイズの衛星「EGG」です。そのミッションは「希薄な大気を使って徐々に減速を行う」というものでした。

通常、軌道が低下した人工衛星は、流れ星などと同様に、大気圏突入時の高熱でほぼ燃え尽きてしまいます。そもそも人工衛星であるということは、地上からの高度に応じた位置エネルギーと、周回速度(秒速数km程度)相当のきわめて大きな速度エネルギーを持っていることになります。大気圏への再突入時、このエネルギーが一気に熱に変わるなら、焼失は避けられないわけです。
燃え尽きてはいけない有人宇宙船などの場合、減速のため逆噴射を行ったり、高熱に耐える外殻を備えていたりしますが、そういう装備ができない超小型衛星を、無事地上に到達させるためにはどうするか? EGGの戦略は「薄い大気の抵抗を利用しスピードを徐々に低下させる」というものでした。「エアロブレーキング」と呼ばれるアプローチです。

宇宙ステーションから地球に向け出発

位置情報のうち飛行高度を縦軸にとったグラフ。高度300kmを下回ったあたりから急激な高度低下が起きたことがわかる。(出典:東大・日大・JAXAによる報道発表資料より、2021年6月21日)

EGGの軌道投入は2017年1月16日、国際宇宙ステーション(ISS)から地球に向け放出する形で行われました。衛星本体は緩衝材に覆われて補給物資とともにISSに運ばれ、宇宙飛行士の最終チェックを経て、宇宙空間に送り出されました。この手法は超小型衛星ならではのものであり、打ち上げ時の振動や衝撃が緩和されるため、デリケートな構造やメカニズムも可能となります。

2月11日、衛星に搭載の炭酸ガスカートリッジを開放して浮き輪状の「シェル」をガスで膨らませ、帆を広げるように投影面積を拡大、エアロブレーキングの実験を開始しました。そこから通信が途絶える5月15日まで、120日間にわたり、搭載のGPS受信モジュールで位置情報を記録、衛星通信回線で地上に送り続けました。これにより、どれほどの減速と高度低下が起きたかをつぶさに知ることができました。将来的に火星など大気のある惑星にモノを送り届けるミッションにもつながる成果と言えるでしょう。

3Uサイズ=10 x 30cmの衛星に収まるほど小型で省電力のGPS受信機+衛星通信モジュールの存在が実験には欠かせませんでした。むしろそのような測位・通信のサブシステムが存在したからこそ、減速の効果を計測するミッションが実現したのだ、とも言えます。
ちなみにこのGPS受信モジュールは民生用チップに手を加えた「Firefly」と呼ばれるモジュールで、秒速数kmという高速移動に伴うドップラー効果の影響も考慮してつくられたものです。宇宙用GPSチップとしてはほぼ世界最小クラスであり、キューブサットだけでなく官民の観測ロケットなどにも搭載実績がある、きわめてユニークな受信チップです。

今回のEGGの「宇宙ひとりぼっちの旅」は、最終的には大気圏突入で燃えつきて終わりましたが、旅の記録としてユニークで貴重なデータを残してくれました。将来のいつか、ひとりぼっちの長旅を経て宇宙からの届け物がパラシュートで地上に、あるいは他の惑星の表面に舞い降りる日が来るかも..、と夢想させてくれるような成果ではないかと思います。

記事のライター

喜多 充成氏

喜多 充成   科学技術ライター

1964年石川県生まれ。産業技術や先端技術・宇宙開発についての取材経験をもとに、子供からシニアまでを対象に難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員(2009-2014)。著書・共著書に『あなたにもミエル化? ~世間のなりたちを工学の視点から~』(幻冬舎mc)、『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)、『東京大学第二工学部70周年記念誌 工学の曙を支えた技術者達』(東京大学生産技術研究所)ほか。

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