コラム
時刻同期用GNSS受信モジュール「GT-100」が香り高いスープカレーである理由

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カレーライスは日本のソウルフード

食についての学びを促す農林水産省の学習サイトでは、“学校給食の人気ナンバーワン”のメニューである「カレーライス」が、「おせち料理」「みそしる」と並ぶ代表的な日本食として紹介されています。日本人のソウルフードといってもいいでしょう。

インドからイギリスを経由して明治期に導入され、高級品だった大正時代を経て昭和中期から一般家庭に普及した、といった歴史も興味深いですし多くの資料も存在しますが、ここで話題にしたいのはカレーライスそのものではありません。「ルーだけのカレーを食する人は稀である」という常識についてです。

あなたご自身はいかがですか? 身の回りにはいらっしゃるでしょうか? もしそれを好む方がいたとしても、その方は「これは少数者の嗜好であり、あまり口外する類のものではない」と考えておられる気さえしています(あくまで筆者個人の感想です)。

ルーだけ食べるって、アリなの!?

私が“L5完全独立サーチ”という言葉を最初に聞いたとき思い浮かべたのは「ルーだけのカレーを食べる人」でした。「それってアリなの!?」と思いました。 L1(ごはん)とL5(ルー)の両方を使うからこその2周波GNSS受信機なのに、なぜL5だけ(ルーだけ)を使うのか…。 しかし開発に携わったエンジニアに、あえてこれを実装した理由や、それが可能となった背景を聞くことで、疑念は納得に変わりました。いってみれば”L5完全独立サーチ“は、出汁と具材のうまみが溶け合った、ルーだけでも食べられる味わい深い北海道のご当地料理、スープカレーだったのです。以下、カレーではなくFURUNO最新のGNSS受信モジュール「GT-100」についてご紹介したいと思います。 

デュアルバンドは大きなトレンド

先のコラムでも触れましたが、GNSSによる測位では、複数の異なる周波数帯の信号を利用することで、電離層補正による測位精度の向上や、都市部でのマルチパス除去など大きなメリットが生まれます。かつては測量用などの高額な受信機に限られていた多周波対応機ですが、現在はGNSS業界における大きなトレンドとなっており、スマートフォンでも「Dual Band GNSS」をアピールするなど急速に一般化しています。

FURUNOでも、初のデュアルバンド対応となる時刻同期用GNSS受信モジュール「GT-100」を、2022年9月に発表しました。L1帯(1575.42MHz)とL5帯(1176.45MHz)に対応することで、いっそうの“高性能”を実現しています。

GT-100の開発に携わった小和田真也(古野電気 システム機器事業部 開発部)はこう語ります。

「都市部におけるマルチパス、ジャミングやスプーフィングなど意図を持った妨害など、測位や時刻同期の精度を悪化させる要因は多々あります。それらを回避あるいはダメージを最小化することで精確さを保つことをまず前提とし、さらには長期間の安定稼働により、メンテナンスや異常時対応の手間やコストを低減できる信頼性も広い意味で性能の一部と考え、開発に取り組みました」

(左)大阪・中之島の高層ビル群に面した「マルチパスラボ」。写真内の左端に時刻同期用マルチGNSSアンテナ「AU-500」。(右)GT-100をはじめとする時刻同期製品の長期にわたる性能評価を継続中。

FURUNOならではのデュアルバンドとは

そして、大きなアピールポイントであるデュアルバンド対応については、「我々が取り組むからこそのチャレンジが必要だった」と強調します。

「デュアルバンドとは、L1とL5の両方を使う手法です。周波数の違いを利用して電離圏補正を行えるため、全般的な性能が向上します。では、せっかくのデュアルバンドなのに、なぜ “L5完全独立サーチ”を導入したのかといえば、これが受信機のロバスト性向上につながるからです」

L5完全独立サーチとは名前のとおり、L1に一切頼らずL5を完全独立してサーチする手法です。わざわざL5に特別なリソースを割く「GT-100」は、GNSSの仕組みをご存知の方ほどトリッキーに映るのではないでしょうか。

「GNSS測位では通常、L1帯(L1 C/A)でまず測位信号を粗捕捉し、そこで得た衛星情報をもとに他の測位信号をつかまえ、演算を行います。モビリティ用途ではTTFF(初期位置算出時間)が重視されるため、まずL1を、続いてL5を捕捉することで測位にかかる時間を短縮するアルゴリズムが実装されています。L1を経ずにL5をいきなり捕捉しようとすると、L5のチップレート(測位信号をコード化する周波数)がL1の10倍であるため、ざっくり10倍の時間がかかります。L1とL5を同時並列でサーチしようものなら、さらに時間はかかるでしょう。0.1秒でも速いTTFFが求められるモビリティ用途ではあり得ない選択肢です」

「ルー(L5)は、ごはん(L1)を盛ってから」は、明文化された厳格なルールというよりは、多くの人にとって疑う余地のない当たり前の常識となっています。
「しかし、長期運用が重要視されるタイミング用途では、TTFFはあまり制約にはならないため、この同時並列サーチに意味がでてきます。もし“何らかの事情”でL1が受信できない環境に置かれても、GT-100ではL5が完全独立してサーチを行ってくれるため、適切に測位に至り、精確なタイミングを担保できます。もちろん、L1受信を妨げていた外部要因がなくなれば、自動でL1+L5のデュアルバンドに復帰します。一般用途の受信機のように、L1の受信を待ちぼうけして、打ち手がなくなるということはありません」

ひと晩寝かせたカレーの味わいを期待しつつルーを温めていたら、ご飯を炊き忘れていることに気が付いた…。という場合でも、「二日目のカレー」をスープカレーとして堪能できるという「想定外への対処法」が、L5完全独立サーチにはあるわけです。

電源投入時から意図的にL1信号を受信できない環境においても、GT-100はL5信号のサーチを独立して開始し、安定した測位を行うことができている「GT-100技術白書(ダウンロードフォーム)より抜粋」。この測位結果がいわば「スープカレー」。

L5完全独立サーチでジャミング耐性が向上

さて、この“何らかの事情”が、とくに欧州で喫緊の課題となっているジャミング/スプーフィングであることは言うまでもありません。
「L5完全独立サーチはロバスト性向上の選択肢として有効であると考えられます。L1をターゲットとしたジャミング/スプーフィングは多く報告されていますが、L5を狙い撃ちする妨害行動は今のところまだ確認されていません」
L5がいまだ“グリーン”であり、モビリティ用途ではなくタイミング用途の受信機だからこそ、GT-100には手間のかかるL5完全独立サーチがあえて実装された、ということだったわけです。もちろんコンピュータウイルスなどと同様、新たな妨害手法の登場は避けられず、さらなる対策が求められる繰り返しではあるでしょう。しかし現時点で、妨害者に先んじることができている点は大きなポイントと言えるでしょう。

最後にL5完全独立サーチについて、過度の期待や誤解を避けて欲しいポイントを挙げてもらいました。
「たとえば双発の旅客機は、エンジン1機が故障しても何時間か飛んで安全に着陸できるよう作られていますが、だからといって両方健全なのにわざわざ片発だけで飛ぶことはありません。GT-100も、L1+L5のデュアルバンドで使えるときは、もちろんそのほうが性能はいいので、それを使います。あくまでL5完全独立サーチは片発飛行のような緊急避難策であり、それが役に立つシーンがあり得ますという話です。いずれにしても、タイミング用途に全振りした受信機でL5完全独立サーチの実装なんて、酔狂な試みかもしれませんでしたが、そんなことができるのもFURUNOくらいでしょう(笑)」

「すでにシングルバンドで必要な精確さは実現していた」「しかも世界一の低ジッター!」など、小和田にはまだまだ語りたいことがありそうです。将来のアイデアなども含め、改めて聞く機会を設けたいと思います。
また現時点でのGT-100の詳細については、小和田自身が執筆した全24ページの技術白書『重要インフラを守る鉄壁の2周波GNSS受信機』(ダウンロードフォーム)をぜひご覧いただければと思います。ちなみに本人、「スープカレーは、ごはんと一緒に食べたい派」だそうです。

記事のライター

喜多 充成氏

喜多 充成   科学技術ライター

1964年石川県生まれ。産業技術や先端技術・宇宙開発についての取材経験をもとに、子供からシニアまでを対象に難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員(2009-2014)。著書・共著書に『あなたにもミエル化? ~世間のなりたちを工学の視点から~』(幻冬舎mc)、『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)、『東京大学第二工学部70周年記念誌 工学の曙を支えた技術者達』(東京大学生産技術研究所)ほか。

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