コラム
時計だけでもできること

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西海岸を目指しつつ「時差」を体感

まだ紙の地図しかなかった頃の話です。真冬のニューヨークで借りたレンタカーを、西海岸のロサンゼルスまで走らせたことがあります。記憶にあるルートをGoogle Mapに落とし込んでみると「2966 mile (4773km)、渋滞なしで44時間」と表示されます。当時は6日間の行程でした。広大な景色や乾いた匂いとともに、いまもユニークな体験として印象に残るのが「じわじわ味わう時差」でした。それをまずご説明したいと思います。

米国本土には4つのタイムゾーンがあります。西に向け境界をまたぐごとに、レストランの開店時間などで1時間トクをします。飛行機でも体験はできますが、移動速度が遅い分、それが「じわじわ」と感じられるのがクルマ移動の面白みでした。
とくに興味深かったのが、日の入り時刻の変化です。ダッシュボードのデジタル時計はクルマを借りたニューヨークの時間(米国東部標準時)を刻んでいますが、西に行くほど日没の時刻が遅れ、ズレは日に日に大きくなっていきます。同時に南下しているので気温も高くなり、まるで季節が早回しで夏に向っているように感じました。直線距離でNY~LA間は約4000km、地球周長の10分の1にすぎない距離ですが、時計が夜中を示すクルマから見る西海岸の空はまだ明るく、「はるけくも来にけり」と詠嘆できた貴重な体験でした。

渡り鳥の目線で日の出・日の入りを記録すると

さて、話は変わります。ときに数千kmを旅する渡り鳥が、1日の長さを気にしているかどうかは分かりません。が、彼らの目線で日の出と日の入りの時刻を記録し続けたとしたら、どういうことが分かるでしょうか?

きわめてざっくりとではありますが、ご推察のとおり、彼らの移動経路のトラッキングが可能になります。日の出と日の入りの時刻の中点は、その場所における太陽の南中時刻を意味します。その時刻と、「出発地の時刻を刻む時計」が示す正午との差は、出発地からの経度の差に読み替えることができます。
この原理は、大航海時代の船乗りたちが自船の位置を知るため、グリニッジ時間を維持するクロノメーターと呼ばれる時計で太陽が南中する時刻を測り、経度を求めていたのとまったく同じです。
では緯度はどうでしょうか?北半球であれば船乗りは北極星の高さでそれを知りましたが、渡り鳥に天測を求めるわけにもいきません(やっているかもしれませんが)。これもご推察のとおりで、日の出と日の入りにはさまれた「昼間の長さ」から、おおまかな緯度が推定できます。北半球の夏であれば北に、冬ならば南に向かうほど昼の時間は長くなります。春分や秋分の前後は昼夜の長さが等しいため通用しないという弱点はあるものの、この考え方を生かして、フォトダイオード(照度計)、クオーツ時計、データロガー(記録装置)、バッテリーを組み合わせたシンプルな機器構成で、地球規模のトラッキングを可能にするきわめてスマートな手法が存在します。

「ジオロケーター」と呼ばれるこのような小型デバイスは、希少生物の生態把握などに役立てられています。具体例でご紹介しましょう。
下図は、絶滅が危惧される海鳥の一種であるオオミズナギドリ2個体が、伊豆諸島の御蔵島(東京都御蔵島村)を離れ、数か月後にふたたび戻って来るまでの軌跡を示したものです。繁殖期を過ごす御蔵島からニューギニア北部や北オーストラリアまで足を伸ばした5000kmを超える旅が記録されています。ここで使われたジオロケーターは足輪型で、照度計などに加え電気抵抗値で海水に浸っているかどうかを判別する機能も有していました。これによりオオミズナギドリは8割前後の時間を海面で浮かんで過ごしていることも分かりました。知りようのなかった野生生物の生態に迫る貴重なデータです。

日本鳥学会『ORNITHOLOGICAL SCIENCE 7(Jun 2008)』に掲載の論文、"Post-breeding movement and activities of two Streaked Shearwaters in the north-western Pacific"(Takahashi et al.)より引用

新ジャンルをひらく、古くて新しい手法

欧州15か国とEUが参加する国際組織「OSPAR委員会」は北大西洋に海洋保護区(MPA, Marine Protected Area)を設定しています。
フランス国土と同程度の面積を有する「エブラノフ海盆MPA」(図中8)は、海鳥や海洋生物のトラッキングデータにより繁殖地として特定されたことで2021年10月に設定された、初めての公海上のMPAです。
図出典:OSPAR委員会HP

小型機器で記録された行動データを分析し、野生生物の行動を把握する研究手法は「バイオロギング(Bio-Logging)」と呼ばれます。和製英語として始まり、世界的に定着した用語だそうです。
私がそれを最初に知ったのはペンギン研究者の報告からでした。万歩計で使われるような加速度計を装着するだけでも、採餌行動と休息時間の比率が分かります。加速度計がスマホのようなXYZ3軸のタイプなら、立っているか寝ているか、腹ばい滑走かヨチヨチ歩行かの区別ができ、遊泳速度の推定もできます。さらに圧力計も加えれば潜航深度が、喉元の温度計でヒナに給餌するための吐き戻し行動まで分かります。決まった巣に戻ってくるというペンギンの習性が機器回収を可能(簡単とは言いませんが)にし、これが成功事例のひとつとなって、他の生物調査への適用が急速に広がっていったといいます。

その後、超小型のGPS受信機でオオミズナギドリのトラッキングを行う研究者に取材する機会がありました。巣の外で待ち構えれば、捕獲して装着・回収が可能(やはり困難とは思いますが)である点は、ペンギンと同様です。その研究で先行事例として文献で示されていたのが、先述のジオロケーターでした。
地球規模での測位といえば、我々はついGNSSを思い浮かべます。現に機器の小型化・高度化は急速に進み、GPSで測位した位置情報を5G通信で送信できる10g以下のトラッカーも登場しているようです。とは言うものの、照度変化だけで測位を行うジオロケーターは依然として超小型超軽量という強みを持っています。メーカーのラインナップには1g以下1~3年稼働という製品も存在し、昆虫での使用例すらあるとか。適用の範囲は食物連鎖の裾野に向けて拡がっているようです。

そもそもアナログ時計が「時計回り」なのは、北半球で見るときの日時計の影の動きが由来です。その後、太陽とは独立に動作して時を刻む時計が作れたことで、太陽と時計とを使った「測位」が可能になりました。人類文明史における偉大な発明をシンプルなデバイスで現代によみがえらせ、未知の解明と生態系の理解につなげる研究者たちは、まぎれもなく文明の継承者であると言えるでしょう。深い敬意を表したいと思います。

記事のライター

喜多 充成氏

喜多 充成   科学技術ライター

1964年石川県生まれ。産業技術や先端技術・宇宙開発についての取材経験をもとに、子供からシニアまでを対象に難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員(2009-2014)。著書・共著書に『あなたにもミエル化? ~世間のなりたちを工学の視点から~』(幻冬舎mc)、『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)、『東京大学第二工学部70周年記念誌 工学の曙を支えた技術者達』(東京大学生産技術研究所)ほか。

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