スカンジナビア半島の西側に位置する北欧の国、ノルウェー。同国はフィヨルド地形による入り組んだ長い海岸線で北大西洋から北極海に面し、南側は海峡を隔ててデンマーク、東は長い国境でスウェーデンと接しています。また北極圏に達する北側ではフィンランド、その先にはロシアとも国境を接し、欧州の海上・航空交通の要衝となっています。
そのノルウェーの首都オスロから北西に約1,000km、アン島(Andøya; døyaは島の意)の北端近くに、氷河が刻んだ高い崖を背に北極海に面する小さな漁港の町、ブレイク(Bleik)があります。夏は白夜、冬は極夜が訪れる極北の地が毎年9月上旬の1週間、世界中からの来訪者でにぎわうようになった理由は、ここが世界最大規模のGNSSジャミング/スプーフィング実地フィールド試験「ジャマーテスト」の開催地となったからです。
2022年から始まったジャマーテストは「現代社会を支えるデジタルインフラを強化し重要なサービスを脅威から守るため、ノルウェーの交通、通信、防衛、計量、地図測量、宇宙開発に関わる政府機関および地元企業Testnorが協力し実施する、測位・ナビゲーション・時刻同期のセキュリティ向上を目指す取り組み」と説明されています。 こちらのコラム(GNSSで地球の“いま“を知る)でも紹介しましたが、GNSS妨害は欧州では「いまそこにある危機」であり、妨害検知や妨害に対するレリジエンス(回復力)をどう高めるかが課題となっています。3回目となる今年のジャマーテスト2024には、日本からはじめて、古野電気の開発エンジニアたちも参加しました。大阪国際空港から飛行機を5本乗り継いで現地に赴いた橋本邦彦(システム機器事業部開発部主任技師)は語ります。
「本社開発部門からの参加は今年がはじめてなのですが、実は昨年からフルノフィンランド(FURUNO FINLAND OY)が同国海軍とともに参加しているため、FURUNOのブランドロゴの参加は2年めとなります。日本からの試験機材はいったんフィンランドの拠点に送り、スウェーデンを経由する陸路2日の行程をフルノフィンランドのバンで運んでもらいました。テストサイトとなるブレイクは小さな漁村のため宿泊施設のキャパが足りず、クルマで10分ほどの距離にあるアンデネス(Andenes)という空港のある町に部屋を借り、自炊しながらテストに参加しました。はるばる日本からの参加が初めてということで、主催者からも大いに歓迎されました」 (橋本)
あらためて言うまでもありませんが、GNSS測位信号は、測量、ナビゲーション、時刻同期など多くの分野で活用され、社会を支える情報インフラに不可欠の存在となっています。ジャマーテストでは、送信設備が漁港を見下ろす切り立った崖の上に配置され、事前に公開されたスケジュールに沿って、そのGNSS測位信号をより強いパワーでかき消そうとするジャミング電波や、正規のGNSS測位信号に偽装したスプーフィング信号が送信されます。崖に囲まれて他には大自然しかない立地条件は、妨害電波を他所に漏らしにくい天然のテストサイトとして機能しています。さらに主催者側では、ブレイクの町を中心としたメインテストエリアの他に、「サンドボックス」と名付けられたドローンなど小型・無人の飛翔体・移動体のためのテストエリアと、車両を対象とした道路区間の計3つのエリアを設定。さらに空港周辺に航空機・ヘリコプターを対象としたエリアも設けて世界各国・多分野からの参加者のニーズに応えました。
橋本らはメインテストエリアにあるブレイクの公民館に相当する施設内で、同業や顧客らと机を並べ、時刻同期用受信機のジャミング/スプーフィング信号を記録しつつシステム機器の評価を行いました。施設内ではセシウム原子時計による時刻信号がWhite Rabbit(PTPを拡張したサブナノ秒精度の時刻同期技術)で配信され、レファレンスとして利用できる環境が整えられていました。
「テスト初期は妨害にも問題なく対処できていました。『準備してきた甲斐があった。それほどでもないな』と甘く見ていたのですが、途中から想定外の挙動を示すケースも出てきました。ノルウェーの深夜から午前中が日本のビジネスアワーとなるため、1日の試験を終えたデータを未明の日本に送り、日本の開発部隊が対策を講じ、翌日に現地ですぐ検証するというサイクルで臨むことができました。時差を生かした開発検証のサイクルは、日本から参加した我々にとっての大きなアドバンテージだったと思います」(橋本)
現地での怒涛の1週間を経て帰国した橋本は、国内でバックアップにあたったエンジニアチームと、テストを経て浮かび上がった課題やその対策に取り組むいっぽう、国内外の学会などでの報告も積極的に行なっています。そして、世界中から集まったプロフェッショナルたちとの密度の濃い時間は、とても有意義なものだったと振り返ります。
「ジャマーテストはいわばGNSSの天下一武道会(*)ですね、と言ってくれる人もいました。世界中から腕自慢がさいはての島に集まって競い合うという意味では確かにそうです。ですが一人の優勝者を決める競技会とはちょっと違い、それまで競い合ってきた同業のプロたちとチームを組んで、強力な敵を迎え撃つ戦い、というイメージもあります。現地で初めて会った方の中にも、FURUNOロゴの入ったGNSSアンテナを掲げるお客様もいて、マーケットの広がりを肌で感じられる機会でもありました。私たちには、携帯電話基地局などに時刻同期用のGNSS受信機を提供し、重要な情報インフラを支えてきた自負がありますが、これからも先頭集団に加わって走り続けていくことが、社会的責任を果たすことにつながると再確認できる場でした。テストに向けた準備や、テストを通じて得られた成果は今後の製品やシステムの開発にしっかり反映させていきます」(橋本)
大自然のほかは何もない場所で年に1度だけ行われる世界最大級の規模のテストは、確実にFURUNOを磨いてくれたようです。
(*) 鳥山明の作品『ドラゴンボール』中の格闘技大会
1964年石川県生まれ。産業技術や先端技術・宇宙開発についての取材経験をもとに、子供からシニアまでを対象に難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員(2009-2014)。著書・共著書に『あなたにもミエル化? ~世間のなりたちを工学の視点から~』(幻冬舎mc)、『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)、『東京大学第二工学部70周年記念誌 工学の曙を支えた技術者達』(東京大学生産技術研究所)ほか。
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