コラム
刹那と永劫を刻む原子の物差し

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福井県・三方五湖の「水月湖」(出典:福井県年縞博物館)

生きとし生けるすべてのものは

「♪柱の傷はおととしの~」ではじまる童謡「背くらべ」。よく食べよく寝ることで体はつくられ、傷は年ごとに高くなり、暦年の記録は家族の歴史にとって大切な物差しとなります。

食物連鎖に連なるあらゆる生物は、炭素を骨格とする有機分子を活用し、生きている限り炭素を代謝し続けます。自然界の炭素には質量数の異なる3種類が存在し、質量数12の炭素12(存在比約99%。以下、12Cと表記)と、それよりひとつ中性子の多い13C(約1.1%)がほとんどを占めます。この2つの核種は原子そのものの性質が変化しない「安定同位体」ですが、陽子6+中性子8の14Cは、あるタイミングで放射線を発し、14N(陽子7+中性子7からなる窒素原子)に変わることから「放射性同位体」と呼ばれます。

出典:名古屋大学宇宙地球環境研究所 年代測定研究部ホームページをもとに作成
https://www.nendai.nagoya-u.ac.jp/research/tandetron/radioisotope1.html

放射性同位体が別の核種に変わる「壊変」は確率論的な事象です。ある原子がいつ壊変するかを言い当てることは困難ですが、多数の原子が存在する場合、そのうち半分が壊変するまでの時間は半減期と呼ばれ、核種ごとに固有の値となっています。14Cでは約5730年です。

もともと14Cは、大気の上層で宇宙線の作用により窒素原子から生成されたものです。すぐに酸素と結合して二酸化炭素となり、大気中に拡散され、植物などの炭酸同化作用で食物連鎖に加わります。存在量比は約1兆分の1と非常にわずかですが、その時代に生きるすべての生物は14Cを大気中と同じ比率で体内に有します。
たとえば体重70kgのヒトの場合、約1兆分の1しか存在しない14Cですが、ざっくり原子数を計算してみると約632兆個を体内に保持します。かなりの数です。(体重x人体における炭素質量比18%xアボガドロ数[6.02x10E23]x存在量比[1x10E-12])

生物が代謝を止めると14Cの比率はその時点で固定され、5730年で半減する曲線をなぞります。もし70kgの現代人の体を5730年間保管した後に計測すると、いまの時代の存在量比の半分に、11460年後ならば4分の1に、57300年後には1024分の1となる計算です。これを逆に適用し、14Cの存在比からその生物が代謝を終えた時期を逆算・推定するのが「炭素年代測定法」の核心です。

精度向上の鍵は補正・較正にあり

「放射性同位体の半減期」という原子そのものの性質を活用する手法なので、計測ができさえすれば年代推定も容易、と思えるかもしれませんが、そうは問屋が卸しません。精度向上には自然条件などの影響を加味した補正が必要となります。

このあたりはGNSSによる測位・時刻同期と事情は似ています。信号の到達時間に光速Cを掛け算すれば、衛星と受信機間の距離が判明することになってはいますが、現実には電離圏のプラズマや水蒸気を含む大気による遅延の補償が欠かせません。さらに精度を上げるには、衛星の軌道情報や原子時計の誤差の補正も必要です。精度向上の鍵は「計算式では乗り越えられない部分」に隠されているからです。

IntCal20(Reimer et al. 2020)をもとに作成された14C較正曲線。14Cは高エネルギー宇宙線により生成されるため、太陽活動が活発だった頃の分析サンプルは、実際よりも新しく表示される。そこでこのカーブを適用し、補正値を差し引くことで、より正確な年代推定につなげる。横軸が歴年(x 1万年)、縦軸が較正量で、青い部分の広がりは誤差の大きさを示す。較正曲線は、過去から現在に至る太陽活動の変動を示すものでもある。(Umbricht. 2024, CC 4.0

このIntCal20は、静謐な湖底に降り積もった生物の遺骸や、大気中の二酸化炭素を取り込んで成長した鍾乳石、古木の年輪などサンプル群を詳細に分析・統合することで作られた「時の物差し」です。解析対象となるサンプルの14Cの存在比率を、この物差しのカーブにフィットするよう適用することで、高い精度と信頼性の年代測定が可能となります。その誤差は5万年で±170年といいます。

三方五湖(福井県)の水月湖には、季節変動する堆積物による7万年分・45mの縞状構造がよく保存されており、炭素年代測定の較正モデルIntCal13(2013)以降の精度向上に大きく貢献している。画像は湖底から採取されたボーリングサンプル「日本列島にヒトが到達するより前の、49760±164〜51345±198年前の年縞」の一部。
出典:福井県年縞博物館 https://varve-museum.pref.fukui.lg.jp/

地球規模で5万年を測れる「時の物差し」

まとめると、放射性核種の半減期という原子固有で普遍の数値と、多くの人の努力と工夫でつくりあげられた較正モデルの両方を適用することで、高精度の炭素年代測定法が実現しています。このことに筆者は、GNSS測位・時刻同期との共通する部分を感じました。

1)普遍的な物理現象と補正モデルの両方を使う点。GNSSでは原子が刻む周波数や光速といった普遍の物理量をベースに、電波伝搬で生じる遅延などを補償して正確な値を求めようとしています。

2)太陽活動が誤差要因となる点。炭素年代測定には太陽活動の変動を踏まえた較正が必要ですし、GNSSでも活発な太陽活動は大きな誤差要因となります。

3)地球規模で通用する時刻の基準となっている点。宇宙線で生成された14Cは大気中に拡散し、その時代の地球のすべて生き物に取り込まれます。これにより炭素年代測定法は「地球規模の時の物差し」、すなわち「グローバルな時刻同期ツール」となっています。対象範囲や分解能は違いますが、GNSSと似た役割を果たしています。

また、GNSSと関わりの深いVLBIは、遠方の天体からのノイズのような電波を多地点で受信することで、地点間の距離や地球の自転速度を求める手法です。「天から降ってきたものを利用する人間の技」ということができ、その点においても放射性年代測定と通じる部分も感じます。

時代をさらに遡れる「元素」とは

さて、炭素年代測定法は、5万年前までを精度良く測る物差しですが、それより昔を知るには、どのような物差しが使われるのでしょうか? たとえば生命史における大イベント「恐竜絶滅」は6605万年前と言われています。私が子供の頃に図鑑で知ったときより、だいぶ数値が細かくなっています。その年代推定には、地磁気逆転の履歴や、より長い半減期を持つ核種による放射性年代測定が使われました。

たとえば半減期12.5億年のカリウム40(⇒アルゴン40)や、複数のプロセスを経て鉛に壊変するウラン238(半減期約45億年)を使う手法では、数億年で誤差0.1~1%程度での推定が可能といいます。

こうした壊変プロセスのうち、約488億年(宇宙年齢の3倍!)というきわめて長い半減期を持つ核種も存在します。放射性年代測定における一番長い(古い)物差しとなっているのが、ルビジウム-ストロンチウム法です。87Rbは壊変し87Srとなるため、岩石中の87Rbと87Sr/86Srの比率を求めることで、1000万年より古いスケールで岩石が作られた年代を求めることができるそうです。

研究やビジネスで時刻を扱う方ならご存知のように、Rbは商用の原子時計でポピュラーな存在であり、87Srも次世代の光格子時計で使われます。100京分の1秒から数十億年まで、20数桁の振れ幅の時間計測に同じ元素が使われる事実を知ると、「ひょっとしてマクロとミクロ、刹那と永劫の世界は、両端が結ばれた円環なのでは..」という不思議な感覚にもとらわれます。みなさんはいかがでしょう?

記事のライター

喜多 充成氏

喜多 充成   科学技術ライター

1964年石川県生まれ。産業技術や先端技術・宇宙開発についての取材経験をもとに、子供からシニアまでを対象に難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員(2009-2014)。著書・共著書に『あなたにもミエル化? ~世間のなりたちを工学の視点から~』(幻冬舎mc)、『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)、『東京大学第二工学部70周年記念誌 工学の曙を支えた技術者達』(東京大学生産技術研究所)ほか。

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